親の不安を「成長のサイン」として捉え直す
中学受験を目指す小学6年生にとって、9月と10月の公開模試の結果は、保護者の方々にとって最大の関心事であり、時に大きな不安の種となります。特にこの時期に成績が下降すると、「このままでは間に合わないのではないか」「夏の頑張りが無駄になったのではないか」といった焦りや後悔の念に駆られることは、受験生の親であれば誰もが経験する道です。この不安は、お子様を心から応援し、合格を願う深い愛情の裏返しであることは間違いありません。
しかし、受験が本格化するこの時期の成績下降は、必ずしも学力の後退を意味するわけではありません。むしろ、現状の学習戦略や親子関係を見直すための、重要な「成長のサイン」であると捉え直すことが肝要です。感情的な焦りにとらわれることなく、冷静に状況を分析し、お子様を前向きな気持ちに導く具体的なコミュニケーション手法(コーチング)を取り入れることで、この困難な時期を乗り越えることができます。
本記事では、成績下降の構造的な原因を理解し、保護者自身のメンタルを安定させた上で、お子様のやる気を内側から引き出す「Iメッセージ」を用いたコーチング手法と、効果的な行動計画について、専門的な視点から詳細に解説します。
Section 1: 成績下降の「真実」を知り、親の不安を取り除く(構造分析と合理化)
多くの保護者が、模試の結果を見て成績が下がったと感じたとき、真っ先に「子どもの努力不足」や「学力の低下」に原因を求めてしまいがちです。しかし、受験直前に成績が下がる現象には、いくつかの構造的な原因が存在し、それらを客観的に理解することで、親の感情的な焦燥を合理的な理解へと転換させることができます。
1.1 9月・10月下降は「学力低下」ではなく「ズレ」のサインである
成績下降の原因の多くは、単純な学力低下ではなく、現在の学習戦略とテスト形式の「ズレ」に起因しています 。
第一の原因:志望校対策と模試出題傾向のズレ
この時期、多くの受験生は志望校の過去問演習や特定の出題形式に特化した対策を本格化させています。その結果、広範な基礎知識や様々な出題パターンを問う公開模試の形式に一時的に対応できなくなるケースが発生します。これは、戦略が志望校へ向けられている証拠であり、対策が順調に進んでいるがゆえの一時的な現象であるとも解釈できます。もし下降の主要因がこの「ズレ」にあるならば、親は焦る必要はなく、現在の志望校対策の優先順位を堅持すべきであるという判断を下すことができます。
第二の原因:学習期間の「積み重ね方」の不足が露呈
成績下降の原因を分析する際は、どの期間の学習が影響しているのかを考えることが極めて重要です 。範囲が狭い週例テストなどであれば、成績下降の原因は直近一週間の学習内容に求めることができます。しかし、9月・10月の公開模試のような範囲の広いテストで成績が下がった場合、その原因は「直近一カ月ぐらいの積み重ね方」に問題があった可能性が高いとされます 。これは、特定の単元や知識の抜けが、広範囲のテストで初めて露呈したことを意味します。この構造的な理解は、親が短期的な感情で叱責するのではなく、具体的な学習計画の修正(どこを復習するか)に集中するための指針となります。範囲の広い模試の成績下降は、親子が学習計画の長期的な修正を行うべき絶好の機会を提供していると捉えられます。
第三の原因:受験間近の「心理的要因」
受験が間近に迫る小学6年生の後半は、子ども自身が大きなプレッシャーを感じ、不安で落ち着かなくなることが頻繁に発生します 。この心理的な不安定さは、集中力の低下を招き、模試でのパフォーマンスに直接悪影響を及ぼします。集中力が低下した結果として、普段ならしないような計算ミスやケアレスミスが増えることも、成績下降の一因となります。この場合、学習内容を強化する以上に、Section 3で述べるような子どもの不安に寄り添うメンタルサポートが最優先となります。
1.2 偏差値の「マジック」を理解する
保護者が抱く不安の多くは、「偏差値の低下」という絶対的な数字に基づいています。しかし、偏差値の低下は必ずしも子どもの実力が低下したことを意味しません 。
偏差値はテストの難易度や、そのテストを受けた受験者集団全体の学力分布によって変動する相対的な数値です 。極端な例として、前回のテストで100点を取った子どもと今回のテストで100点を取った子どもがいたとしても、テストの難易度や受験者層の学力が異なれば、その子どもの偏差値は変動します 。
したがって、偏差値が一時的に下がった場合でも、感情的にパニックに陥るのではなく、まずは「具体的な点数の内訳」と「問題の難易度」を客観的に確認することが重要です。この認識を持つことで、保護者は「何らかのズレ」として成績下降を認識し、パニックから解放される第一歩を踏み出すことができます。
Section 2: 親自身のメンタルコーピング:家族全員が「同じ目線」に立つために
子どものメンタルを安定させ、前向きな気持ちに導くためには、まず親自身のメンタルが安定していることが絶対的な前提条件となります。親がストレスフルな状態や焦燥感に駆られている状態では、 Section 3で解説する共感的で冷静なコーチング手法(Iメッセージ)を実行することは極めて困難になります。
2.1 子どもをサポートするための「親の安定」の原則
受験期を通じて保護者がストレスを溜めずに子どもをサポートするためには、いくつかの重要なポイントがあります。
完璧(理想)を求めないこと
最も重要なのは、子どもに対して「完璧な受験生」としての理想像を求めないことです 。親が心の中で「こうあるべきだ」という理想像を持っていると、子どもが小さなミスを犯したり、計画通りに学習が進まなかったりするたびに、親は失望や怒りを感じ、結果として子どもを評価・指摘する機会が増えてしまいます。この「評価」こそが、子どもの防衛機制を引き起こし、親子の信頼関係を損なう原因となります。親がまず「完璧主義」を手放し、現実的な期待値に調整することが、子どもに対する共感的な姿勢を持つための前提条件となります。
2.2 家族全員が「コーチングチーム」になるための対話
受験期における家族の協力と理解は、親子のストレス軽減に直結します 。家族間では、受験に対する感じ方や受け止め方が異なる場合がありますが、その違いを認識し、対話を通じて互いの立場を理解し合うことが大切です 。
この時期に家族間で「目線を合わせる」ための話し合いを行うことは、非常に建設的です。例えば、「今回の成績下降を家族としてどう受け止めるか」「最終目標は何か」について認識を統一することで、子どもの周囲の環境(受験の「場」)が安定します。家族全員が同じ情報と目標を共有し、協力的な「コーチングチーム」として機能することで、子どもの心理的な安全性が高まり、子どもは安心して学習に集中できるようになります。
2.3 親の「息抜き」は義務である
親自身のストレス対策として、意識的に息抜き(親の休息)を取ることもまた、子どものサポートの質を維持するためには必須です 。心身ともに疲弊した親が冷静かつ共感的な対応を続けることは不可能であり、親の休息は「子どものサポートを続けるための義務」として捉えるべきです。
成績下降の原因を構造的に理解し、親自身のメンタルを安定させた上で、次に具体的な行動へと移るためのクイックリファレンスを以下に示します。これは、忙しい親が感情論ではなく論理的に状況を把握し、取るべき行動を瞬時に判断するための実用的なツールです。
成績下降の構造的な原因と親の対処法
原因カテゴリ | 具体的な現象 | 親が取るべき建設的な対処法 |
学習戦略のズレ | 志望校対策と模試対策の出題傾向のズレ | 模試の出題形式を分析し、志望校の過去問演習の時間を増やす(優先順位の修正)。 |
知識の蓄積 | 範囲の広い模試で直近1ヶ月の積み重ねの甘さが露呈 | 直近1ヶ月の学習内容を細かくチェックし、穴埋め学習を最優先で行う。 |
模試の性質 | テスト難易度や受験者層による偏差値の変動 | 偏差値ではなく、具体的な目標分野の正答率と、間違えた問題の質に着目する。 |
心理的要因 | 受験間近の不安や焦りによる集中力の低下 | 親がまずは落ち着き、Section 3のコーチングで子どもの不安を傾聴する。 |
Section 3: 子どものやる気を引き出す!共感と信頼の「Iメッセージ」コーチング実践
親が成績下降の原因を理解し、自身のメンタルを安定させた後、次に必要なのは、子どもの内発的なやる気を引き出すための具体的なコミュニケーション技術です。ここでは、コーチングの基本である「Iメッセージ」の活用が鍵となります。
3.1 コーチングの基本原則:評価しない「横の関係」で寄り添う
成績が下降しているとき、子どもは親からの「評価」や「叱責」を最も恐れています。この状況下で親が取るべき姿勢は、「ありのままの事実を認め、評価せず、横の関係で寄り添い、共感している話し方」です 。
Iメッセージ(アイ・メッセージ)とは、主語を「私(I)」にして自分の感情や観察した事実を伝えるコミュニケーション手法です。これにより、「あなたはダメだ(Youメッセージ)」という批判的なメッセージではなく、「私はあなたのことを心配している(Iメッセージ)」という親の真の心境を伝えることができます 。この話し方には、「あなたを心配してるよ」「あなたなら本当はできるはずなのに、何があったの?」という、心から子どもを応援している親心が込められています 。
親がこのような共感的な姿勢で接すると、子どもは心理的な防衛機制を解き、「実はね」と、成績が下がった本当の原因(例:特定の単元が苦手、疲労が溜まっている、塾の友達関係で困っているなど)を親に打ち明けやすくなります 。さらに、親から「信じられている」と感じることで、「ママに心配させないよう、がんばろ!」と、気持ちが再び前向きになる内発的な動機付けにつながります 3。
3.2 状況別・具体的な「Iメッセージ」フレーズ集
具体的な状況に応じて、どのように言葉を置き換えるかを見ていきましょう。以下に、子どもが最も話しやすく、前向きな気持ちになる具体的フレーズを、避けるべきNG例と比較しながら提示します。
1. やる気が出ない子どもへの声かけ
成績不振が続き、学習に身が入らない子どもに対し、「なぜ勉強しないのか」と問い詰めることは、さらなる自己否定感を生みます。
- NGな声かけ(Youメッセージ/評価): 「どうしてまたこんな簡単なミスをしたの?もっと集中しなさい!」
- 効果的な声かけ(Iメッセージ/共感): 「やろうと思ってはいたけど、今回は(今日は)できなかったんだね。」
このIメッセージは、子どもの「やろうとした気持ち」や「努力の意志」をまず認めることで、自己肯定感を守ります。子どもは、自分の努力の過程を評価してもらったと感じ、素直に「実は疲れているんだ」「この問題がどうしても解けなかったんだ」といった本音を話しやすくなります。
2. 成績が下がった原因を探る声かけ
親が成績下降の原因を客観的に知りたい場合でも、質問の仕方を誤ると尋問になってしまいます。
- NGな声かけ(Youメッセージ/評価): 「ミスが多すぎる!集中力がないんじゃない?」
- 効果的な声かけ(Iメッセージ/共感): 「ちょっとできない日が続いてるなとママは気になってるんだけど、何が原因なの?」
このIメッセージでは、原因究明の視点を「あなた(You)」の責任から「私(I)」の観察に移しています。「私(親)はあなたの状況を客観的に観察しているが、その原因について一緒に考えたい」という協力的な姿勢を示すことで、子どもは防御的にならず、安心して困っていることを話しやすくなります 。
3. 不安を共有する声かけ(最高の信頼)
最も強い信頼を伝えるIメッセージは、親の心配と子どもの能力への信頼を同時に伝えるものです。
- 効果的な声かけ(Iメッセージ/共感): 「あなたを心配してるよ。あなたなら本当はできるはずなのに、何があったの?」
この言葉は、親が心底、子どもの可能性を信じているからこそ出てくる言葉です。この声かけを受け取った子どもは、親の真剣な応援心を感じ取り、「親の期待に応えたい」「心配をかけたくない」という内発的な動機づけにつながり、前向きに頑張ろうという気持ちを再び持つことができます 。
3.3 信頼関係は「日々の積み重ね」
Iメッセージの効果は、模試の結果が出たその日だけのものではありません。日常のほんのちょっとした会話の中で、評価せず、子どもの話を傾聴し、親の愛情や観察を伝えるというコミュニケーションを積み重ねることで、親子の信頼関係は強固なものに変わります 3。この日常の信頼関係こそが、受験という大きなプレッシャーの中で、子どもが安心して立ち直るための基盤となります。
子どものやる気を引き出す!コーチング「Iメッセージ」実践フレーズ集
NGな声かけ(Youメッセージ/評価) | 効果的な声かけ(Iメッセージ/共感) | 親心の真意と期待される子どもの反応 |
「どうしてこんな簡単なミスを連発するの?」 | 「ちょっとできない日が続いてるなと、ママは気になってるんだけど、何が原因なの?」 | 【真意】子どもの状況を心配している。 【反応】困っていること(実は疲れている等)を話しやすくなる。 |
「もっと真剣にやれば点数が取れるはずだ!」 | 「やろうと思ってはいたけど、今回は(今日は)できなかったんだね。」 | 【真意】子どもの努力の意志を認めている。 【反応】努力を評価してもらえたと感じ、自己肯定感を保ちやすい。 |
「この点数じゃ志望校は無理だよ。」 | 「あなたを心配してるよ。あなたなら本当はできるはずなのに、何があったの?」 | 【真意】心底、子どもの可能性を信じている。 【反応】親の応援心を感じ、「頑張ろう」と前向きになる。 |
Section 4: 成績下降を合格につなげる!効果的な模試復習と行動計画
Section 3のコーチングを通じて、子どもの不安が解消され、気持ちが前向きになったら、次のステップは具体的で客観的な行動に移ることです。感情論で終わらせず、建設的な「行動ステップ」を示すことが、親子の協力関係を維持する上で不可欠です。模試の結果を、単なる成績の記録ではなく、今後の学習の指針として活用することが、合格への最短ルートを開きます。
4.1 感情のケアから「客観的な作業」へのスムーズな移行
公開模試の復習は、驚くほど効果的であることが知られています 4。しかし、成績が下がった直後は、子ども自身が復習に取り組む意欲を失っている場合があります。ここで、親が感情的な評価を避け、「サポート役」として復習を「客観的な共同作業」へとシフトさせることが重要です。これにより、親子の関係は「対立」から「協力」へと変わります。
4.2 効果的な模試復習の3ステップ(親子共同作業)
復習は子ども任せにするのではなく、親が計画的なサポートを提供することで、学習の効率が飛躍的に向上します。
STEP 1: 間違えた問題への印つけ
まずは客観的な作業から始めます。お子様が間違えてしまった問題に印をつけていきます。この段階では、点数や正誤の判断のみを行い、「どうして間違えたのか」「次は頑張ろう」といった感情的なコメントは一切挟みません。これは、模試の結果を感情的に捉え直すのではなく、単なる「未習得の知識や技能のリスト」として客観的に認識するための重要なプロセスです。
STEP 2: 間違いの原因分析と分類
印をつけた問題について、親子で協力して原因を客観的に分析し、分類します。Section 1.1で確認した成績下降の原因カテゴリに照らし合わせ、その間違いが、以下のうちどれに該当するかを特定します。
- 知識不足(直近1ヶ月の積み重ねの問題): 基礎的な知識や公式を忘れていた。
- 集中力不足(心理的な問題): 計算ミスや、問題文の読み間違いなど、本来解けるはずのミス。
- 演習不足(戦略のズレ): 志望校の出題形式とは異なる、習熟度が低い特定の単元や形式(例:記述、図形問題)での失点。
特に範囲の広い模試の場合、間違いの多くは「直近1カ月の積み重ねの不足」による知識の穴埋めが原因であると仮定し 、その穴を特定することが重要です。
STEP 3: 優先順位に基づいた「弱点克服ロードマップ」の作成
すべてをやり直す時間はありません。9月・10月以降は、限られた時間を最大限に活用するために、復習を絞り込みます。
原因分析の結果に基づき、以下の基準で復習の優先順位を設定します。
- 最優先: 志望校の傾向と照らし合わせ、頻出だが今回失点してしまった分野。
- 次優先: 知識不足が原因で、短期間の復習で得点回復が見込める基礎的な単元。
この段階では、「完璧(理想)を求めない」というSection 2で確認した親の心構えが試されます。あえて「やらないこと」を決め、優先度の高い弱点分野にエネルギーを集中させる勇気が、残り数カ月の学習効率を決定づけます。
終わりに:合格は「親子の信頼」から生まれる
中学受験の終盤戦において、成績下降を経験することは、決して珍しいことではありません。むしろ、それは親子が立ち止まり、深く対話し、そして信頼関係を再構築するための重要な機会であったとポジティブに捉えることができます。
成績が下がったとき、子どもが最も必要としているのは、親からの結果に対する評価ではなく、「ありのままの自分」を受け入れてもらうという安心感です。親が自身の不安をコントロールし、Section 3で実践した適切なコーチング(Iメッセージ)を用いて、お子様の努力の過程と可能性を信じる姿勢を示すこと。これこそが、子どもがプレッシャーに打ち勝ち、残り数カ月を乗り切るための最大の原動力となります。
この山を冷静な分析と温かい信頼の力で乗り越えたとき、親子の絆はより強固になり、その先には必ず、合格という希望が見えてくるはずです。受験生を持つ多忙な保護者の皆様が、このレポートを日々の実践に役立て、お子様と共に最高の受験体験を迎えられることを心から願っております。
今日も、一歩前へ。
では、また。

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